【夏物語vol.05】8年越しの『六月灯』

「夏がきた。」

初夏の匂いは、不思議なものでふとした瞬間に、南風に乗ってやってくる。

どこかはっきりとしない夏の懐かしい記憶とともに。

短大卒業後、製菓会社に入社後1年で、さっそく転勤で鹿児島から大阪へ転勤になり1年がたった。

そんなアヤ(22)の短編夏物語。

7月の中旬、たまたま代休と土日と祝日の「海の日」が重なり、4連休を取得できた。

「久しぶりに鹿児島に帰ろう。」

実家に帰るのは約半年ぶり。

着替えの洋服を詰め込んだバックを片手に、仕事を早退して足早に羽田空港へ向かった。

相変わらず両親は元気そうでひと安心し、さっそく昔から通っていた高台にある桜島が真正面に見える温泉で日頃の疲れを癒した。

夜は両親とお酒を酌み交わしながら、会社の上司と同期の悪口を中心に、友達の近況や昔話など会話が弾んだ。

「そういえば、サキちゃん彼氏できたらしいわよ。」

「田中君だったりしてね。ほら、あの2人昔から仲良かったから。」

私より乙女な母は、また韓流恋愛ドラマに再熱したらしく、やけに恋バナになるとウキウキしだす。

小学校からの大親友サキは、タイヨーの近くに住み、家は理容室を営んでいる。

田中君は、小中の同級生で私の家の3軒先に住んでいて、昔から寡黙でもありながら、いじめっ子たちに立ち向かうタイプの性格で正義感につよく、今は“消防士”になっている。

なぜサキの彼氏が田中君と母が予想したのかは不明だが、きっとサキん家の理容室で髪を月一で切りに行ってる時に仕入れた情報だろう。

「ないない。あの2人は。」

毎日のようにLINEで連絡をとっているサキからは、飲み会で知り合った不動産会社に勤める彼氏ができたと聞いている。

田中君であるはずがないのだ。

私の21年間過ごした部屋は、階段を上がって一番奥にある。

部屋は閑散とし特に変わった様子もなく、ただ懐かしい畳の香りだけが残っていた。

最近、私のベッドは親戚にあげたらしく、母が布団を持ってきてくれた。

「そーいえば、明日、明後日は照国神社で六月灯だわね。」

鹿児島の夏の風物詩「六月灯」。

六月灯が開催される神社や寺院では、和紙に絵や文字を書いた灯籠が飾られ、歌や踊り、地域によってはチビッ子相撲が行われたりと様々だ。

また、境内及びその周辺では縁日が立ち並び多くの地元の人びとで賑わう夏のお祭りだ。

もともと明日は、サキとランチをする予定だったので、一度解散してまた夜に天文館で待ち合わせして一緒に行くことにした。

神社に近づくにつれ人混みが多くなり、なかなか進めなかったが、なんとか灯篭が飾られている場所まで進むことができた。

何年ぶりだろうと思いながら歩いていると、友達と金魚すくいをしたり、花火をしたりと昔の記憶が蘇ってきた。

小学生の頃、地元の六月灯の灯篭用の和紙に自分の名前と絵を描いた。

何を描いたかは忘れたが、自分の灯篭を見つけた時は一番輝いていて、めちゃくちゃ嬉しかったような気がする。

そして、ふとあの日を思い出す。

中学生2年生の夏は長かった。

すべてが新鮮で毎日が水彩画を描いたような水々しい日々だった。

私たちの六月灯は、縁日の綿アメ屋さんで、キティちゃんやスヌーピーなどのキャラ袋に綿アメを入れてもらい、近くの公園まで行き、みんなで一緒に食べる。

というようなことを、3回くらい繰り返す。

(つまり、六月灯の神社と近くの公園を3往復くらいする)

そんな疲れ知らずの私たちは、もちろん恋もしていた。

シゲト君というサッカー部で学校一のモテ男で、大親友のサキと私も好きだった。

ある時、理由は覚えていないが勢いで2人同時に六月灯の日に告白してみよう!という流れになった。

(今考えると、若さゆえのノリだった)

結局サキと付き合う事となり、私はサキと1ヶ月間ほど口をきけなかった。

それから7年後。

21歳の私は社会人となって、久しぶりに地元の六月灯に行くことになった。

それは、サキの親戚のおじさんに運営の手伝いをさせられることになったからだ。

ちょうど、私とサキと田中君と25歳くらいの男女4人の計7人が唯一若いメンバーだった。

神社の向かい側の八百屋さんとの間には狭い道路があり、そこの交通整理をサキと任されていたが、途中で交代し境内の階段で2人でラムネを飲みながら休憩していた。

サキ「ねーアヤ、昔にさ2人同時にシゲト君に告白したのも六月灯だったよね。」

アヤ「そうだねー。」

サキ「てかさ、実は知ってたんだ。」

アヤ「何が?」

縁日から響く人々の声と2人のラムネ瓶の中で転がるビー玉の音。そして涼しい風が吹いた。

サキ「告白してなかったでしょ?てか、そもそもシゲト君のこと好きじゃなかったでしょ。」

思わず口に含んだラムネを吹いてしまった。

言われてみたら、そうだった。

サキが告白した後に、私はシゲト君に経緯を話して、徹底的に今回のことは口外しないよう釘を刺しておいたのを思い出した。

腹の底から笑った。

何より、私の心を見抜いていた親友がいることが、たまらなく嬉しかった。

(シゲト君が口外しない約束を守ってくれてたことも嬉しかった)

実のところ、私は別の人が好きだったこと。

でも、サキとシゲト君がカップルになった時、その私の好きな人はサキのことが好きだったんだと分かったこと。

サキにも嘘をついて、本当に好きな人にも何もできず「全部自分のせいだ。」と自分が嫌になり、サキとも口をきけなかったこと。

と、当時を振り返りながら全部話した。

それから1年後の現在に戻る。

サキ「じゃあ、この後会うんだね。」

アヤ「そうだね。彼の仕事が終わってから。」

サキ「中学2年生からだから、8年越しだ。素敵だね。告白フレーズは、彼の職業にならって『私のあなたを想う炎は8年経っても消せませんでした!』的な感じで言えばOKだよ!笑」

アヤ「何それwやばいやつじゃん。まぁ、結果はダメだと思うけど言ってスッキリしてくる。」

これまでたくさんの夏を過ごしてきたが、今日ほど涼風が優しく包んでくれた夜はなかった。

それはまるで私の背中をそっと押してくれてるかのようだった。

だから、今日がどんな結果になったとしても、

それもこれも”すべて夏のせいにしよう”。

きっと、”夏も”私の想いを受けとめてくれる。

Fin.