【観光スポット物語vol.6】14年前のたまて箱 in 喜び入る駅『喜入駅』

物語のあらすじ

32歳にして大学受験を控える僕は、久しぶりに家族を連れて鹿児島の実家に帰省すると、合格祈願などで喜び入る駅『喜入駅』の切符が人気と知る。

さっそく妻と娘と3人で駅に向かうと、ちょうど指宿枕崎線を走る『特急観光電車 指宿のたまて箱(いぶたま)』が停車した。

14年前に僕が心の底に閉まった”たまて箱”とは?

喜入駅で新たな人生の再スタートを決意する、小さな家族の3分間物語。

14年前のたまて箱

東京の1月の寒風は、まるで棘ように寒さが素肌に突き刺さる。

品川駅で羽田空港行きを待つホームは、鞄や手土産を持った帰省するであろう人たちで混んでいた。

1年ぶりに妻と娘と帰省するタカシ(32)は、家を出る前に見たテレビで「東京の受験生が福岡の太宰府天満宮まで合格祈願に来ていた」というニュースを思い出す。

すると、赤本からページをめくる度にほのかに香る”紙と蛍光ペンのインク”の香りが、ふと鼻先を通った気がした。

僕が18歳の時の合格祈願は、鹿児島で有名な神社に行った。

家庭の事情で国立大学に落ちたら就職すると決めていた僕は、希望と不安で今にも押し潰されそうだった。

センター試験の手応えもまずまずだった僕は、期待に胸を膨らませ合格発表を見に行った。

結果は、落ちた。

「あれだけやってか。」

絶望感というのは、僕が18年間コツコツ建てた心の壁を、いとも簡単に壊してジワジワと襲ってきたが、無理していつもの自分を装っていた。

まぁ、やれるだけの勉強はしたので悔いはなかったが、素直に自分の実力不足を猛省し、親父の「建築」の仕事を手伝うことにした。

ただ、心の奥底にはやはり「大学に行きたかった。勉強したかった。」と、どこにぶつければ良いか分からない気持ちがあったが、仕事に没頭することで薄れていった。

それから、下請けとして携わった仕事で建築デザインの魅力に惹かれ、独学しながら仕事で経験を積もうと上京し個人建築事務所に入り、そこで奥さんと出会い、今となっては”本当に良かった”と思っている。

鹿児島の実家に着き、近所の親戚に新年の挨拶をすませ、コタツでみかんを食べながら鹿児島のニュース番組を見ているとやはり”合格祈願”の特集をしていた。

すると、「喜び入る『喜入駅』での合格祈願切符が人気」というのだ。

もちろん鹿児島で生まれ育ったので、 “喜入”はもちろん知っていたが、そんなニュースは初耳だった。

確かに”喜びが入る”と書いて『喜入』だ。

『なるほど』と感心し、他にも6種類ほどの祈願ができそうなので、妻と娘と出かけることにした。

鹿児島中央駅から指宿枕崎線で喜入駅までずーっと左側に見える鹿児島湾は日差しによって様々な顔を見せてくれた。

人影もまばらな少し懐かしい香りのするホームに足を降ろすと、改札口近くには切符を受け取る駅員さんがいた。

駅舎の改札口を見上げると、「喜び入る”喜入駅”の駅名の入った入場券をお求めください」と書かれており、大人160円の入場券を買うと「合格祈願」「商売繁盛」「家内安全」など6種類あるスタンプを希望に応じて押してくれる仕組みだ。

早速切符を買い、スタンプを押してもらった。合格祈願の『福玉子』も売っていた。

もともと駅長さんが「縁起のいい”駅名”を生かしたい」とこのようなサービスを始めたところ、地元メディアや口コミで一気に有名になったそうだ。

せっかく喜入に足を伸ばしたので、近くで海を見ようと頴娃街道沿いまで出て、広大な鹿児島湾と桜島を写真におさめた。

駅に戻ってくると、ちょうど左右を白黒に塗り分けた奇抜なデザインの観光特急電車が。

鹿児島と温泉地・指宿を結び、名称は地元に伝わる浦島太郎伝説にちなんだ「指宿のたまて箱」。愛称は「いぶたま」が駅に停車した。

「ラッキーだね。」と言いながら、娘が最近読み聞かせた浦島太郎物語を思い出したようで、

「浦島太郎は”たまてばこ”をあけて、おじいさんになったあと、どうしたんだろう?」と聞いてきた。

頓知(とんち)の効いた答えは思い浮かばなかったので聞き返した。

すると娘が「”やまにしばかり”にいったのかなぁ」

(それ桃太郎!)

と子供の発想に意表をつかれ感心し、鹿児島中央駅行きのホームの椅子に腰を下ろした。

妻「喜びが入ってくるといいね。」

僕「きっと入ってくるよ。」

電車が到着し、走り出して10分ほどで、ゆったりと揺れる電車の心地よさに、娘は寝むりについた。

妻「合格したら仕事と夜間の大学と色々大変だね。」

僕「しょうがないよ。人生死ぬまで勉強っていうし。」

妻「まぁ、お互い頑張ろうね。」

僕「ごめん。苦労をかけてしまうけど。」

そして、僕は窓一面に見える鹿児島湾を見ながらつい、

「どうしても14年前にしまっておいた”たまて箱”を思い出しちゃってね。」

すると妻は、

「はいはい。ただ、”桃”は拾ってこなくて良いからね。」

と2人して笑いながら、妻の膝の上で眠る娘を見つめる。

Fin.

【喜入駅のAccess Map】